私自身、一九五〇年代のアメリカ留学時代は今でいう単身赴任だった。家族を離れてひとり暮らしを経験した時期なのだが、異国のひとり暮らしで身に沁みることは多々あった。その後、札幌の学校で校長を一〇年間していたときもホテルでひとり暮らしをしていた。現代、多くの都市のひとり暮らしの人たちは、テレビとステレオで部屋の中のコミュニケーションを満たし、電話線とコンピュータを通じて外とか細くつながっているように思える。
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心の充足は、仕事中心の能率社会では切り棄てられてきたが、人は他者とのコミュニケーションをまったく遮断して生活できない。生活という熟語は「生」も「活」も生きるという意味である。おしゃべりは自己表現のひとつであり、コミュニケーションのひとつの方法。「おぼしきこといはぬは、げにぞ腹膨るるここちしける」と「大鏡」にあるように、人はおしゃべりによって「腹膨るるここち」を解消する。住まいとしての最低条件は依然、家族との「コミュニケーション」であると思う。しかし世に家族を持たぬ「ひとり者」あるいは「ひとり暮らし」の人は少なくない。普通には家族を持たぬ「ひとり者」も帰宅する。創っている小鳥や熱帯魚にエサを与えねば………鉢植えの観葉植物に水をやらなければ……とか、オーディオシステムで音楽を鑑賞したい、キッチンで美味しいものを作って楽しみたいといって帰宅する。ひとり者にはエサや水を与えなければいけない小動物や植物が「家族」であって、その住宅が、その「家族」との共同生活の住居であり、家庭である。
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